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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)70750号 判決

原告 茨城県 商工信用組合

右代表者代表理事 大津平八郎

右訴訟代理人弁護士 片桐章典

右訴訟復代理人弁護士 中川徹也

被告 日盛化工株式会社

右代表者代表取締役 天野健二

右訴訟代理人弁護士 高橋昭

主文

一  原告と被告間の東京地方裁判所昭和五六年(手ワ)第二二二八号約束手形金請求事件について同裁判所が昭和五六年一〇月三〇日に言い渡した手形判決を認可する。

二  異議申立後の訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金二〇〇万円及びこれに対する昭和五五年三月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1(一)  原告は別紙約束手形目録記載のとおりの裏書の連続した約束手形一通(以下「本件手形」という)を所持している。

(二) 被告は本件手形を振出した。

(三) 原告は本件手形を満期の翌日に支払場所に支払呈示したが、支払を拒絶された。

2  仮に本件手形が裏書禁止手形であるとしても、原告は本件手形金債権を指名債権譲渡の方式に従い譲り受けた。

すなわち、本件手形金債権は、訴外桂川機工株式会社から同常陸機工株式会社へ、同会社から原告へと順次記名式裏書のうえ本件手形の交付をもって譲渡されたところ、右記名式裏書のある本件手形の呈示によって右各譲渡につき各譲渡人から被告に対し譲渡通知がなされたものである。

3  よって原告は被告に対し本件手形金二〇〇万円及びこれに対する満期である昭和五五年三月二〇日から支払済みまで手形法所定の年六分の割合による利息金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否《省略》

三  抗弁

被告は本件手形の表面に「指図人禁止」との指図禁止文句を記載したから、原告は本件手形を裏書により取得し得ない。

なお、右指図禁止文句の記載に不明瞭な点があるとしても、原告は金融機関であるから一般人より一層注意深く手形を取扱うべきであり、本件手形につき注意深い取扱いをしておれば指図禁止文句の記載を見逃すことはなかったはずである。

また、本件手形には指図文句と指図禁止文句とが併記されているが、特段の事情なき限り指図禁止文句の効力が優先すると解すべきところ、本件で右特段の事情はない。

四  抗弁に対する認否及び反論

本件手形上に「指図人禁止」との文句が記載されていることは認め、同文句を被告が記載したことは否認する。

本件において、右文句の記載は以下のとおり指図禁止文句としての効力を有しない。

1  実際の手形取引において、指図禁止文句の記載された手形はごく稀れであるから、手形取引をする者は通常、もっぱら手形要件の確認に注意を払い、指図禁止文句の記載の有無を特に確認することはない。従って指図禁止文句の記載は明瞭性を強く要求され、当該手形を一見すれば直ちに認識し得る程度に明瞭であるか、または手形要件の確認に際し当然認識し得る程度に明瞭であることを要するものというべきである。

しかるに、本件において「指図人禁止」との文句は本件手形の左辺の印紙貼付欄の直下に、横一四ミリメートル縦三ミリメートルの幅でゴム印により薄く印され、かつ右文句全体が印紙の消印と重なり消印の中に隠された状態であるし、手形用紙に印刷された指図文句の抹消もなされていないのであり、このような記載方法、場所等に照らすと本件において前記文句の記載は前記説示の如き明瞭性を欠くことは明らかであるから、法律上指図禁止文句の記載があるとはいえない。

2  そうでないとしても、本件手形上には手形用紙に印刷された指図文句が抹消されず残存しているから、指図禁止文句は無効である。

3  仮に、手形面上指図文句と指図禁止文句が併記されている場合に特段の事情なき限り指図禁止文句の効力が優先するとしても、本件手形の場合には、前記のとおり指図禁止文句の記載方法が極めて妥当性を欠き、容易に発見されないようことさら不明瞭に記載されたものであるから、指図禁止文句の効力が指図文句に優先するとはいえない特段の事情が存する。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1の(一)ないし(三)の各事実は当事者間に争いがない。

二  そこで被告の抗弁につき以下検討する。

本件手形の表面上に「指図人禁止」との文句の記載があることは当事者間に争いがない。

しかして、手形面上指図禁止文句の記載が有効に存在することを認めるためには、手形取引において通常要求される程度の注意を払えば右文句の記載を容易に認識し得るよう明瞭に記載されていなければならないというべきである。

本件についてこれをみるに、本件手形の表面の記載を観察すると、「指図人禁止」の文句が記載されているのは左辺に貼付された印紙の直下の位置であり、同所には右印紙の消印(直径約一五ミリメートルの丸印で、その全面にわたり「日盛化工株式会社・代表取締役印」と刻まれたもの)が押捺されているところ、「指図人禁止」の文句はその全部の文字が右消印の中にその印影の文字と重なり合って存すること、右文句はゴム印により横書で印されたもので、右文字の縦の大きさは約三ミリメートル、五つの文字全体の横の長さは約一四ミリメートルであること、右文句の文字は他の部分の記載と濃淡を比較した場合薄いものであること、もっとも右文句を注視すれば肉眼でもその記載を読み取ることができること、なおちなみに右手形面には右の如き文句を、より大きな文字を用いて明瞭に記載するに充分な余白部分が存することなどの事情が認められる。

右事情に徴すると、本件手形における「指図人禁止」の文句は、その文言の意義自体は明瞭であるし、また右文句の記載の存在に着目してこれを注視した場合には肉眼でもその記載を読み取ることは可能であるとはいえるものの、しかしながらその記載された場所が、印紙の直下の、しかも消印の中という、手形取引者において格別の関心を抱かず従って深く注意を払うとは思われない特異な場所であるうえ、右文句の文字が小さくて薄く、かつ印紙の消印の印影の文字と重なり合っていることなどからすると、手形取引に当たり通常要求される注意を払っても右文句の記載を認識することは相当困難で右記載を看過する虞れが極めて大きいと認められ、そうだとすると右文句は著しく不明瞭であるから、本件手形に右の如き記載があることをもって有効な指図禁止文句の記載があるものとなすことはできない。

右の次第で、被告の抗弁はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。

三  以上によれば、原告の本訴請求を認容し、被告に訴訟費用の負担を命じ、仮執行宣言を付した主文一項掲記の手形判決は相当であるからこれを認可することとし、異議申立後の訴訟費用につき民訴法八九条、四五八条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中澄夫)

〈以下省略〉

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